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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)891号 判決

控訴人 吉良忠重

被控訴人 広瀬幸次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡し、昭和四〇年一〇月二〇日から右土地明渡ずみに至るまでの一ケ月金一万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、つぎのとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し、原判決三枚目裏八行目「同年」とあるのを「昭和三六年」と訂正する。)

(控訴人の主張)

一、仮りに、本件抵当権設定当時本件土地上に本件建物が存在していたとしても、被控訴人は昭和三六年四月二六日以降昭和三九年五月分までの土地の賃料を当時の賃貸人であつた訴外毛塚誠治に支払わなかつた。そこで同人は昭和三九年四月二七日右未払賃料の催告をし、その支払いがなされなかつたため、同年九月頃被控訴人に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。従つて、被控訴人はその当時から本件土地を占有する正当な権原を有しなかつたもので、かかる不法占有者に対してまで法定地上権を認めてこれを保護する必要はないから、被控訴人が本件土地につき法定地上権を取得する理由はないものというべきである。

二、仮りに右の主張が理由がないとしても、被控訴人は控訴人が本件土地を競落して所有権を取得した昭和四〇年一一月一五日以後も、前所有者である訴外毛塚との間で約定した一ケ月金八〇〇円の地代を支払わないので、控訴人は昭和四四年九月三日の本件口頭弁論期日において、本件土地につき成立した地上権設定契約を解除した。よつて、右法定地上権は同日を以て消滅したものである。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人は、昭和三六年五月一一日訴外毛塚から本件土地を借り受けた際、賃借当初から同年一〇月までの賃料は同人に支払ずみである。その後の賃料については、同年五月一七日入居した直後、本件建物の玄関の一部と風呂場が東京電力株式会社の高圧架線柱の周囲にあつたため、同会社より右建物部分の撤去を要請されてこれを取りこわし、その後右撤去の損害の賠償について毛塚と話し合つた結果、その頃両者間で将来支払うべき賃料を以て右の賠償に充てる合意が成立していたのであるが、充当すべき期間について話しがまとまらないうちに右毛塚が行方不明となり、賃料の支払いができなかつたものである。従つて右賃料不払については、被控訴人に履行遅滞の責はなく、訴外毛塚が右賃料不払を理由としてなした本件賃貸借解除の意思表示は無効である。

二、控訴人は被控訴人を欺いて本件土地の所有権を取得し、被控訴人が本件土地に対して有する法定地上権の存在を争い、被控訴人に対し、本件建物の収去、土地明渡しを求めているものであつて、たとえ被控訴人が地代を提供したとしても、控訴人においてこれを受領する意思がないことは明白であり、また、控訴人はこれまで一度たりとも被控訴人に地代の請求をしたこともない。従つて、控訴人の地上権設定契約解除の意思表示は、解除権行使の前提を欠き無効である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、前記事実欄において引用した原判決に記載の請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二、(一) 被控訴人主張の法定地上権についての抗弁事実中、本件土地に東邦信用金庫のために根抵当権が設定された当時、本件土地上に本件建物が存在したとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、原審における被控訴人本人尋問の結果によつて成立を認める乙第一号証、同第三号証、当審証人毛塚誠治の証言(但し後記措信しない部分を除く)並びに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件建物は建築業者である訴外毛塚誠治によつて、他にも建設されていた多くの建売住宅の一戸として建築されたものであるが、被控訴人は不動産業者の仲介で昭和三六年四月二六日本件建物を一三〇万円で買い受ける契約をし、同日手附金として金五〇万円、同年五月一一日頃金六〇万円を支払い、その頃本件建物に入居したこと、被控訴人は右契約締結に先立ち数回本件建物の下見に行つているが、右契約時より一週間か一〇日位前には、本件建物には内部造作の取付が終つていて、右契約当時においては既に本件建物はほぼ完成していたこと、当時、本件建物を含む前記建売住宅の建築では、着工から土台の設置、建前、屋根葺きまでは比較的短い日時で仕上るが、その後、引続いて間断なく工事が進められるとして木舞、荒壁、中塗り、仕上げの順でなされる壁の工事のみでも約二週間以上を要し、完成までには一月ないし一月半を必要としたことなどの事実が推認されるので、前記のとおり本件建物が完成していたと認められる同年四月二六日から右に認定した所要の工期を逆算して考えると、本件建物は、原審において被控訴人本人が供述するように、同年三月中旬頃には未だほぼ完成していたとまではいえないが、本件土地に前記抵当権が設定された同年三月三一日当時においては、少くとも既に屋根が葺かれ、壁の下地ができていた程度には建築が進んでいたものと推定される。なお、前記毛塚証人によれば、右毛塚は、当時本件建物のほかに約三〇戸程の建売住宅を建築していたが、本件土地に根抵当権を設定して東邦信用金庫から借受けた金一〇〇万円は直接本件建物の建築資金に充てたものではないこと、また、右信用金庫は、右貸付に当り、本件土地に建売住宅が建築されることを了知し、本件土地の担保価値よりも建売住宅の売上利益からの返済を期待していたという右推定を裏付けるような事実か窺われるのであつて、甲第三号証の記載および前記毛塚証人の証言中前記認定に反する部分は右認定に供した各証拠と対比してたやすく信用できず、他に前認定を覆えすに足る反証はない。

(二) ところで、土地に抵当権が設定された当時建物が建築中であつた場合、法定地上権が成立するためには、建物が例えば住居用の建物として必要なすべての内外装工事が完成していることは必ずしも必要でなく、建物の規模、種類が外形上予想できる程度にまで建築が進んでいる場合には、法定地上権の成立を認めて差支えがないものと解するのが相当である。というのは、右の程度にまで建築が進んでいる場合には、抵当権者は完成される建物を予想することができるので法定地上権を認めても不測の損害を蒙ることがないし、社会経済上も建物を維持する必要が認められるからである。本件においては、さきに認定したとおり、本件土地に抵当権が設定された当時本件建物は、既に少くとも屋根が葺かれ壁の下地ができていた程度に建築が進んでいて、建物の規模、種類が外形上予想できる程度になつていたといえるから法定地上権の成立を認めて妨げがない。そうすると、本件土地については、控訴人が競落により所有権を取得したことにより本件建物のために法定地上権が成立し、本件建物の譲受人である被控訴人は、右法定地上権を以て控訴人に対抗することができるものというべきである。

三、控訴人は、被控訴人と訴外毛塚誠治間の本件土地の賃貸借契約は、昭和三九年九月頃賃料不払を理由に解除されているので、被控訴人は本件につき法定地上権を取得しないと主張するのに対し、被控訴人は、右の解除は無効であると主張するので、この点について以下に検討する。昭和三六年五月一一日被控訴人が訴外毛塚誠治から本件土地のうち本件建物の敷地部分三〇坪を建物所有の目的で、賃料一ケ月金六〇〇円として賃借したことは当事者間に争いがなく、当審証人毛塚誠治の証言によりその成立を認め得る甲第四号証、当審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める乙第六号証と右本人尋問の結果によれば、被控訴人は、右敷地を借り受けた当初六ケ月分の賃料を前払いしたが、その後の賃料の支払いをしていないこと、訴外毛塚は、昭和三九年四月二七日内容証明郵便を以て、本件建物の売買代金のうち未払いの金二〇万円とともに、昭和三六年四月二六日以降昭和三九年五月までの賃料の支払いを催告したことが認められる。そして、同年九月頃賃料の不払いを理由に賃貸借を解除する旨の意思表示がなされたことについては、その旨の記載のある甲第五号証は、内容証明郵便であることにつき郵便官署の証明がないから、同号証だけではこれを確認することができないが、前記毛塚証人の証言と弁論の全趣旨によれば、毛塚はその頃弁護士に依頼し、右のような解除の意思表示をしたことを窺うことができる。しかしながら、被控訴人が前記のように賃料の支払いをしなかつたのは、つぎのような事情によるものであつたことが認められる。すなわち、右毛塚証人の証言(但し後記採用しない部分を除く)および当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件土地は東京電力株式会社の高圧線下にあり、建物の建築制限がなされている地域であるが、本件建物のうち玄関と風呂場の一部が高圧架線塔からの制限距離内に入つていたため、昭和三六年五月被控訴人が本件建物に入居した直後、同会社の指示により、右部分の約一坪余が取り壊わされ、原状回復ができないため居住に不便をきたすこととなつた。そこで被控訴人は、この損害の賠償につき、建物の売主でかつ敷地の賃貸人である毛塚と交渉し、建物の売買代金の未払金二〇万円と一ケ月金六〇〇円の敷地の賃料を以て精算することを申入れたが、同人は、右の取壊わしについては被控訴人の入居前既に解決ずみであるとしてこれに応ぜず、話し合いが未解決のまま日時を経過し、前記のように賃料の催告と賃貸借解除の意思表示がなされるに至つた。この間被控訴人は、損害賠償の話し合いがつけば賃料を支払う意思はあつたが、話し合いが未解決であり、毛塚との連絡も十分にとれなかつたという事情が重なつて、賃料の支払いを差控えていたが、他方毛塚も積極的に賃料を取立てる態度を示さなかつたことが認められ、毛塚証人の証言中右認定に反する部分は採用できない。ところで、売買された建物の一部が前記のような事情で取壊わされた場合には、売主に損害賠償の責任が生ずることがあるから、建物の買主で敷地の賃借人である被控訴人が、損害の賠償を求め、その解決の方法として、売買代金の未払金と借地の賃料を以て精算することを申入れたことは、強ち不当とはいえない。もつとも、賠償責任の有無、範囲について争いがあるときは、話し合いによるか、または訴訟によつて解決しなければならないことではあるが、賠償責任を全く否定する毛塚との間で話し合いが未解決のまま推移したという前認定のような事情のもとにおいて、被控訴人が借地の賃料の支払いを差控えていたとしても、このことを借地人の著しい不信義な行為として非難することはできず、この点において、被控訴人に履行遅滞の責を負わすことはできないものというべきである。してみると、賃料の不払いを理由とする前記賃貸借解除の意思表示はその効力を生じなかつたものというべく、本件土地の賃貸借が解除されたことを前提とする控訴人の右主張は採用することができない。

四、つぎに控訴人は、本件の法定地上権は、地代の不払いにより解除した旨主張するので案ずるのに、民法第三八八条により法定地上権が成立した場合、地代については、当事者間において協定するか、協議が調わないときは裁判所に請求してこれを定めることとされているところ、本件において右のような方法により地代が確定したことを認めるのに足りる証拠はなく、仮りに、控訴人主張のように、従前の借地契約における賃料(一ケ月金六〇〇円。但し乙第二号証の記載によれば一ケ月金八〇〇円)を本件の法定地上権の地代として相当であると認めるにしても、当審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件土地を競落した当初から本件土地を被控訴人に売却することを考え、地上権を認めて地代を収受しようというような意思はなく、従つてこれまで一度も地代の請求をしたことがないし、また、たとえ被控訴人において地代の提供をしたとしても、これを受領する意思のないことが明白であるから、以上いずれにしても、地代の不払いを理由とする解除権の行使はその前提要件を欠き解除は無効であつて、この点についての控訴人の主張も採用できない。

五、よつて、被控訴人が本件土地を不法占有しているとする控訴人の主張は失当というのほかはなく、そのことを前提とする控訴人の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畦上英治 下門祥人 兼子徹夫)

別紙 物件目録〈省略〉

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